山下新太郎《海棠》

1934(昭和9)年頃
油彩・キャンバス、23.7×19.0㎝

この作品はブリヂストン美術館、現在のアーティゾン美術館に所蔵されている、二科展出品作の《海棠(かいどう)》という絵画の縮小版です。モデルは11歳頃の峯子で、庭の海棠の大木の下で描かれました。この頃山下は、庭の美しい花々とともに娘たちの姿を数多く描いています。絵の中の娘たちが身に着けている衣服は山下自身が選んだものだそうです。特に、この作品の中で峯子が着ているような絞り染めの着物を好んでいたようで、京都に写生旅行にでかけると、絞り染めの反物を買い求めては持ち帰り、娘たちの衣装にしたそうです。絞り染めの白い文様が、赤や黄色の布地に浮かぶ様が、背後の可憐な海棠の桃色の花々と調和しています。画面全体が柔らかに仕上げられているのと対照的に、峯子のつややかな髪と瞳はくっきりと黒く力強く、作品を引き締めています。この作品の少し前、新聞記者のインタビューに山下はこう答えています。「私にとっては、宅の子供を画くのが一番興味がある。一年々々と成長して行く変化を画き残したい。」 我が子に対しての愛情だけでなく、変化し、うつろうものを描き残したいという画家としての意思の表れでもあります。